| 1855年(安政2年) |
乾家所蔵の近江屋乾 卯兵衛諸事控帖によると、安政2年において薬種仲買の取引を行った記録があり、当時既に近江屋の屋号をもって薬種の取引をしていたことがみられ、これをもって当社の創業としている。 |
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| 1860年(万延元年) |
初代社長 乾 卯兵衛氏大阪に生まれる |
| 1880年(明治13年) |
初代社長 乾 卯兵衛氏 父祖の商を継承する |
| 1903年(明治36年) |
薬種商乾 卯兵衛を乾卯商店と改称後、初めて第一回決算を行う、資本金1万円 |
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| 1905年(明治38年) |
中国・満州(後に大連工場)より入荷する甘草の処理工場として難波工場を開設 |
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| 1911年(明治44年) |
高松製薬所開設
堺工場、四条畷工場開設 |
| 1913年(大正2年) |
中国、満州に対する硫黄、硝酸の販売を目的として大連支店を開設 |
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| 1914年(大正3年) |
大連工場開設、甘草の選別包装及び甘草エキスを製造し、醤油醸造用として日本に輸出 |
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| 1916年(大正5年) |
天津支店開設 |
| 1917年(大正6年) |
10月25日、株式会社乾卯商店設立、個人経営から資本金100万円の株式会社に組織変更
(創立株主は25名、発行株式数は20,000株) |
| 1919年(大正8年) |
甘草の取扱いを目的として、中国満蒙興業株式会社設立
高松市築港東海岸に1,200坪の土地を入手し、高松製薬所を坂出から移転 |
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| 1921年(大正10年) |
食料品部を分離独立させ、乾卯食料品株式会社を設立 |
| 1926年(昭和元年) |
奉天支店開設 |
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| 1928年(昭和3年) |
初代社長 乾 卯兵衛氏逝去、享年68歳
乾 国之助氏が二代目 乾 卯兵衛を襲名、二代目社長に就任 |
| 1932年(昭和7年) |
乾卯食料品株式会社(日本橋本町)の一室を借りて東京出張所を開設 |
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| 1934年(昭和9年) |
新京(長春)出張所開設 |
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| 1935年(昭和10年) |
豊年グルー特約店として正式に採用 |
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| 1936年(昭和11年) |
高松工場、臭素、硫酸マグネシウム生産開始 |
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| 1937年(昭和12年) |
ハルピン支店開設 |
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| 1938年(昭和13年) |
本社事務所を現在地の道修町2丁目35番地に移転 |
| 1939年(昭和14年) |
青島支店開設 |
| 1940年(昭和15年) |
二代 乾 卯兵衛氏逝去、平松石男氏が社長代行となる |
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| 1942年(昭和17年) |
東京出張所、日本橋橘町に移転
済南支店開設 |
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| 1943年(昭和18年) |
政府の戦時下企業統合の行政指導に従い、塩野義製薬株式会社屋島工場と
当社高松工場が合同して
高松航空化学工業株式会社を設立
青島、済南両支店をもって
日華薬品株式会社を設立し、
上海に出張所を開設
上海出張所開設 |
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| 1944年(昭和19年) |
乾卯薬品工業株式会社に商号変更 |
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| 1945年(昭和20年) |
東京出張所被災
終戦とともに在満・在華全資産を放棄 |
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| 1946年(昭和21年) |
平松石男氏、三代社長に就任 |
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| 1947年(昭和22年) |
高松工場、局方食塩製造開始 |
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| 1948年(昭和23年) |
資本金200万円に増資 |
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| 1949年(昭和24年) |
高松航空化学工業株式会社が解散となり、その資産を買取り当社高松工場に戻る
東京支店開設、初代支店長に岡田孝治郎氏就任
貿易部開設 |
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| 1950年(昭和25年) |
住友金属鉱山株式会社の硫酸銅を韓国に輸出 |
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| 1951年(昭和26年) |
高松工場、臭素、ブロム酸カリ生産開始 |
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| 1953年(昭和28年) |
高松工場、日本曹達株式会社の農薬加工を開始 |
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| 1955年(昭和30年) |
東京支店に貿易部開設
資本金400万円に増資 |
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| 1959年(昭和34年) |
高松工場、モノクロルフェノール生産開始 |
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| 1961年(昭和36年) |
資本金1,500万円に増資 |
| 1962年(昭和37年) |
資本金3,000万円に増資 |
| 1963年(昭和38年) |
資本金4,500万円に増資 |
| 1964年(昭和39年) |
本社社屋建設 |
| 1965年(昭和40年) |
三代社長 平松石男氏逝去、
四代社長に仁科憲雄氏就任
九州出張所開設
淀製薬株式会社を吸収合併し、資本金4,519万円となる |
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| 1966年(昭和41年) |
東京支店、橘町から日本橋蛎殻町に移転 |
| 1970年(昭和45年) |
高松第二工場建設 |
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| 1972年(昭和47年) |
資本金1億円に増資 |
| 1980年(昭和55年) |
東京支店新社屋落成
高松工場、M-1プラント建設 |
| 1982年(昭和57年) |
五代社長 杣田鐵雄氏就任 |
| 1983年(昭和58年) |
高松工場、難燃剤プラント建設 |
| 1984年(昭和59年) |
高松工場、M-2プラント建設 |
| 1987年(昭和62年) |
乾卯薬品工業株式会社から現在の社名に商号変更
創立70周年記念の年、本社ビルを新築
高松支店開設
高松工場、M-3プラント建設 |
| 1989年(平成元年) |
株式会社サンホニック設立
資本金3億5200万円に増資 |
| 1990年(平成2年) |
高松工場に医薬中間体の生産設備として、M-5プラントを建設 |
| 1995年(平成7年) |
六代社長 奥谷哲夫氏 就任 |
| 1996年(平成8年) |
高松工場、M-8プラント建設 |
| 1999年(平成11年) |
子会社阪神合板株式会社が共立木材株式会社を吸収合併し、イヌイ建材株式会社に商号変更
高松工場M-5プラントを増設(1次) |
| 2001年(平成13年) |
高松支店新社屋落成
子会社株式会社ボンデックスを吸収合併し、名古屋支店を開設
高松第一工場の生産設備を第二工場へ移転完了
高松工場M-5プラントを増設(2次) |
| 2002年(平成14年) |
本社隣接土地、建物を購入
高松工場、研究棟建設
日本家庭用塩株式会社に資本参加 |
| 2006年(平成18年) |
全社情報システム再構築 |
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| 2007年(平成19年) |
高松工場に粉体プラント(PF)建設 |
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| 2008年(平成20年) |
高松工場M-5プラントを増設(3次) |
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